月夜見 “春のお彼岸”
         〜大川の向こう

 
西高東低、冬型の気圧配置におなじみ、
幅の狭い渦巻き状態という等圧線の真ん中に
鎮座まします低気圧が、
今期は随分と育ちやすかった冬であり。
その始まりからの ほぼずっとずっと、
あんまり息継ぎしないまま、極度に寒いばっかだった、
降雪量も最低気温のその日数も、
記録的と叫ばれ続けてた寒い寒い冬だったのが。
三月に入ってすぐ、
ひな祭りが明けたかどうかというくらいのあっと言う間に、
今度は前の日から比べれば10度差はあろうかという、
極端な暖かさが ひょいと駆け込んで来たもんだから。
今度はその暖かさと寒気団とが衝突しての、
途轍もない大風が各地で暴れ回っている次第。

 「春の売り出しのノボリが吹っ飛んで 大変だったら。」
 「川端で晒し布を乾かしてる、染屋のおばさんもぼやいてた。」

季節の変わり目に強い風が吹くのは恒例のこととて、
織り込み済みでいたはずの人たちでも。
いつものという想定以上の強さや頻繁さなもんだから、
これは困ったと振り回されているようで。

 「染屋のおばさんといや、
  お彼岸の吹き流しは間に合ったようだな。」

毎度お馴染みのこちらのお里、
大川の真ん中に位置する小さな中州の集落には、
今のような動力つきの艀(はしけ)だの、
最寄りの宿場へ現状を知らせる
電話だメールだなんてのがなかった時代からの名残り、
春と秋のお彼岸の時期になると、
菩提寺の門前へ高々と
こいのぼりの一番上へ揚げるのと同じような、
五色に染め分けた吹き流しを掲げる風習がある。
長い冬が明けての春のお彼岸や、
暑い暑い夏も駆け去る頃合いの秋のお彼岸は、
そのまま季節の節目を示すものでもあったれど。
昔は今ほどきっちりとした日付の感覚もなく、
酒屋さんやお米屋さんや
電器屋さんがくれるカレンダーなんてのもなかったので、
盆と正月以外は、
皆さん、大体…で日を送ってらしたのだけれども。
ここいらでは、
きっちりと学問を収めてらした歴代のご住職様が、
春と秋の節目の日をご近所の皆様に告げるため、
しいては、ご先祖様への供養を忘れるなよと呼びかけるため、
お彼岸に入ったぞーという頃合いに、吹き流しを掲げており。
それを保管し、くたびれてくれば新調するのが、
染屋さんだ…ということだそうで。

 「ほれ、先の大風のとき、
  新調するはずだった吹き流し用の晒しが浚われて。」

 「そうそう。何枚も飛んでた飛んでた。」

ローカルニュースにさえ取り上げられはしなかろことだが、
当地の皆様には、
あと何年かは この時期に思い出されの語り継がれよう、
結構重大で、しかも派手だった出来事で。
大人も驚いていたが、子供らはお化けが飛んでたと大騒ぎ。

 『お化け?』

と聞いて、身を乗り出した腕白さんが、
ネットが破れた捕虫網の竿を手に、風の中へと飛び出しかかり。

 『待て待て待て待て。』

年の離れた兄上に、
こんな中へ出てったらお前も軽々と飛ばされっぞと
おズボンのゴムが伸び切るほどの
行くんだ止めるな、まあ待て待てという
押し合いへし合いの末に引き留められたというお話も、
やはり何年かは
間違いなくおまけとして付いて回ること請け合いだったが。(笑)

 「なあなあ、マキノ。
  お彼岸だから、晩ご飯は特別だよな?」

その中日に当たる春分の日が、とうとうの明日。
祭日なので学校もお休みだし、
あちこちのお家では、
墓参りにと帰省なさった顔触れへの“振るまい”にだろう、
ちらし寿司だの握りだの、
用意なさる…のは珍しいことじゃないけれど。
若い人へのデリバリーだろう、大町から来た宅配バイクが
里のあちこちをぶいぶいと駆けっているのが何とも今ドキ。
ルフィさんのお家でも、
お料理上手なマキノさんが、ええとにっこり微笑っておいでで、

 「お昼は 五目寿司、晩は炊き込みご飯にしましょうね。
  あと、アサリのお澄ましに茶わん蒸しと、
  メバルの煮付けに、エビやヘレはフライにして。」

 「あ、俺、唐揚げも食いたいぞっ。」

学校でもそのくらい手を挙げているものか、
聞いて聞いてと言わんばかり、
小さなお手々を懸命に挙げてリクエストを増やす王子なのへ、

 「判ったわ。後は何が食べたい?」

他の大人たちからのリクエストもあるのだろ、
手元へ開いたメモには
お買い物のリストが既に何行も連なっていて。
小さなお口にはなかなかの難物、
大粒なカ○ロ飴を
時々 歯に当ててカラコロ鳴らしつつ舐めながら。
う〜んっとぉと、
何があるかなと真剣に考えてみる坊っちゃんで。

 肉巻きとか ちまきは、
 エースやシャンクスがもう言ってるんだろ?

 ええ。

そちらもこういう時の定番なのか、
坊やが じゃあ自分は言わなくてもいいかと
置いといて扱いにしておれば、

 「おはぎも たんと作りましょうね。」

それこそお彼岸の定番、
お供えにというよりも、こちらの家族らのお腹へ収めるため、
いやいや、ともすりゃあ船便運送の若い衆らへも…となるので、
そりゃあ大量な数を作らにゃならぬというに、
にっこり笑顔は微動だにしない恐ろしさ。
そんなお姉様の魅惑の笑顔とそれから、

 「おはぎっ!」

そうだよ それがあったんだと、
大好物の名を聞いて、わっくわくになり過ぎてのこと、
思わず食事用のテーブルのお椅子に立ち上がってしまったほど。
これルフィと、メッという視線が飛んで来て、
そこはさすがに“あわわ”と我に返ったものの、

 「なあなあ、知ってたか、マキノ。」

小さなあんよを よいちょと
正座になるよにお椅子の上で畳んで座り直しつつ。
失点を取り返そうという勢いで、
またぞろ“おーいおい”と手を挙げて見せ、

 「春のおはぎは“ぼたもち”って言うんだって。」
 「…あら。」

小豆とお砂糖ともち米は、ちゃんと買い置いてあるけれど、
お肉やお魚や重いものは配達を頼まなきゃあね、
それも今日のうちに言っとかないと、量を確保出来ないかもだわなんて。
他人事ででもあるかのように、
そりゃあ楽しそうにメモを取っておいでの恐ろしい女傑様。
そっか、優しくて のほほんとして見えるけれど、
この人を怒らせるとエライことになるんだねぇと、
そんな意外さをこんな形で思い知らされたのはともかく。
そのマキノさんもまた、
無邪気で腕白な王子様が意外にも物知りだったことへ、
あらまあと目を見張っておいで。

 「そんなことを知ってるなんて、凄いわねぇ、ルフィ。」
 「凄いだろー♪」

えっへんと、胸だけでは足らず腹まで張って見せるぼっちゃんで。

 学校で習ったの?

 違うぞ、聞いたんだ。

 誰に? あ、レイリーさんかしら?

里でも屈指の物知りにして、ルフィも素直に懐いている大おとな。
名代の指物師というのとは別、
やっとおの方でも腕も立つそうだが、それ以上に、
様々なことへ通じておいでで、
そりゃあ頼もしいインテリだとあって。
こういうことでまずはと閃く心当たりなお人だが、

 「ぶ〜〜〜、ゾロに聞いた。」

残念でしたと、それでもにひゃりと微笑った坊や。
だってサ、凄いことだってマキノは言ったもの。
子供でそんなこと知ってるなんて凄いって。
さすがはゾロだなぁと、ルフィまで大威張りで、

 「春はボタンのお花が咲くから ぼた餅で、
  秋はハギってゆうお花が咲くから、
  秋の彼岸のは“おはぎ”って呼ぶんだって。」

 「そうね。ゾロも凄いねぇ。」

そりゃあまろやかに微笑って褒めてくれたマキノさんへ、
うんうんと、こちらも嬉しそうに微笑った坊や。
明日のお彼岸、春分の日が楽しみですねと、
お庭に来ていたメジロが、ぴちちって短く鳴いた昼下がりでした。







  ● おまけ ●


早咲きの桜にも心配な風のいたずらといや、
戸がばたんばたんとうるさかったりするのもこの時期で。
仮設の物置の波板張りの戸が、やはりばたばたうるさいのを見て、

 「そういやルフィが小さいころは、
  かわいいこと言ってたよなぁ。」

桟橋につけた輸送用の艀(はしけ)への積み荷を整理しつつ、
時折砂ぼこり上げるほどの風が吹くのへ、
さしもの大人らも うあっと肩をすくめがち。
そんな若い衆らを束ねる班長格、
ヤソップのおじさんが、風へと何か思い出したらしく。
今でもまだまだ小さいぞ、しかも可愛いぞと、
やや目許や口許をしかめ気味にした赤髪の社長が、
ちろんと見やって来るのにも気づいてないものか、

 「ああいう風のちょっかいかけを、
  悪戯しやがってって舌打ちしたらよ、
  いたずら? そんなして楽しいのかなぁって、
  そりゃあ真剣に首を傾げて。」

ああ、それは可愛いだろうなと、
居合わせた皆もそれぞれに、
今より小さいルフィを想い、くすすと笑ったものの、

 「あんまり わゆいことすーと、
  しこたま叱らえるじょとか言い出して。」

いかにも幼い口調を真似したそのまま、

 「あ、しゃてはマジョだな、お前…なんて
  言い出したのへは驚いたが。」

 「魔女?」

そういうファンタジー系の発想が出る子かな、
どっちかといや変身ものの悪の組織とかじゃね?と、
若手が顔を見合わせる中、
事情を知ってたクチの中堅どころからは早くも苦笑が漏れており。

 「…魔女じゃねぇよ、マゾだマゾ。///////」

ヤなこと思い出しやがってよと、
先程までの
“下手なことを言い出すなよ?”という威嚇のお顔から、
打って変わって
“恥ずかしいことを思い出すな”という
微妙な顔になっていた社長殿。

 『えー? だってエースやマルコがゆってたぞ。』

わざとに叱られるようなことをする奴はマゾっていうのだと、
当時はまだ学生さんだった悪童らから、
要らんことを吹き込まれた舌っ足らずだった坊っちゃんが、
意味もよく判らんと応用してくださった一件であり。
小さいのによくもまあ、と、
その即妙さには おおおと沸いた周囲でもあり。
そしてそして、そんな要らぬことを吹き込んだ罰、
当時からバイトの身でこちらにも通っていたお兄さんたちには、
給料減額2カ月の刑が降ったそうだけれども。

 “父ちゃんは負けないからな。”

嫁に行くまで、恥という方向でも穢れない身で…と。
妙なことへばかりファイトを燃やす困った父も、
いい加減、そこを何とかしないと
肝心な坊やからますます距離を置かれるぞ?






  〜どさくさ・どっとはらい〜  13.03.20.


  *急に初夏並みなまでの暖かさがやって来て、
   戸惑うことしきりの日々ですね、
   とはいえ、関西地方は
   何でだか 毎週末というノリで、
   “コートは まだ要るで〜”という寒の戻りに襲われましたが。

   こんな風な不規則差が体調には響くもの。
   どうか皆様、ご用心を。

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